浦河「大黒座」の百年

大黒座の開業は1918年(大正7年)。旅役者や浪曲師が出演する芝居小屋として開業したのが始まりだそう。
以来、108年(2026年現在)にわたって営業を続け、現存する北海道の映画館では最古とされている。
お話を伺ったのは、4代目館主の三上雅弘さん。ご家族で大黒座の運営をされている。

「23、4歳くらいから支配人をやっていて、もう50年になります。昔はえりもや様似にも映画館があったし、浦河にはセントラル、銀影座と大黒座で3つの映画館がありました。身近に映画があった時代でした。当時は上映機材を運んで、巡業としてやっていたんです。それらが無くなって、いわゆるミニシアターが出来ていったという流れです。テレビの普及ということも、大きな出来事でした。天皇の結婚式を放送するということでカラーテレビが普及しましたね。かつては、ニュースを映画館で上映することもあったんですよ。VHSビデオの普及、現在のインターネット配信と続き、映画は下降気味ではありますが、映画館で映画を見るという体験の質だけは変わりようがないと思っています」
私の生まれ育った札幌でもシネコンを残して多くの映画館が閉館し、つい先日も、サツゲキという映画館が幕を下ろしたばかり。現在は大黒座を残すのみとなった日高管内も、1950年代には16館の映画館があったと記録されている。
「上映作品に特にディレクションはなく、妻と相談して決めたりしています。今日、上映している『誰がために憲法はある』は、7年前の作品ですが、お客さんからの要望がありました。なるべくリクエストには応えたいと思っています」
「昔の映画上映では、看板を描く人、映写技師、薪や石炭の暖房係と、たくさんの人が必要でした。大黒座の最後のフィルム映写係の人に、僕は映写を教えてもらうことができたんです。フィルムとその機材で映写を続けていて、デジタルにしたのは最後の最後でした。デジタルの映写機や音響システムの導入など、少しづつ更新をして今に至っています。フィルム時代の機材は壊れることが無くて良かったですね」

大黒座では、監督を招いての舞台挨拶やトークに参加することもできる。
5月に訪れた『誰がために憲法はある』の上映では、井上淳一監督による舞台挨拶とトークが催された。
憲法や反戦をテーマとしたドキュメンタリーということもあって、客席を交えての質疑応答にかなりの熱が入る場面も。
「なんだか昔みたいで、良かったね」と三上さん。

この日は、浦河在住のベーシスト立花泰彦さんのソロライブも開催され、三上さんの娘婿さんにあたるダットさんのベトナム料理キッチンカーも出店。にぎにぎとした時間が流れていた。

そのひと月後、初期作品から近年の作品までを集めた吉雄孝紀監督の還暦記念の上映イベントを観るために再訪。


上映終了後、監督と俳優を囲んでの打ち上げがロビーで開かれ、手作りの料理が振る舞われる。札幌や帯広など、遠方からのファンも駆けつけている様子。都市圏といっても、こんなに間近で作家と交流ができる機会というのは、そうそうないもの。大黒座に積もった場の力を感じる時間だった。

チケット売り場の後ろにかけられた額に、先代の言葉を読むことができる。
「映画を見ない人生よりも見る人生の方が豊かです」
大黒座は世紀を跨ぎ、今日も日高で映画を支えている。

上映やイベントのスケジュールは公式サイトから確認することができます。大黒座公式サイト