田渕徹 日高滞在記「羽衣」
−車窓−
2025年の夏、「山の家フェス」出演のため日高地方へ飛んだ。北海道ときいてパッと浮かんだのは札幌や函館くらいで、日高はまったくのノーマークだった。性格上、知らない場所へ行くのはワクワクより警戒心が勝る。すぐにあれこれと脳内でシュミレーションしてしまい、心の準備に忙しかった。
空港につくと「おいーす」と軽やかな声が聞こえた。聞き覚えのあるその声に旅の緊張がほどける。迎えにきてくれたのは主催の御徒町さんで、Tシャツ短パンにサンダル姿は、まるで夏休みの子どもみたいだった。詩人のラフな装いに思わず頬がゆるんだ。
借り物だという白いランドクルーザーには泥ハネやこすり傷がたくさんあり、高級車だという威張りがない。広大な自然をのびのびと走る日常を思わせ、こちらまでおおらかな気持ちになる。車に乗り込み、まずは腹ごしらえをしようと、空港近くでカレーラーメンをご馳走になった。ひとくちすすると大阪と同じ汗がふきでたが、店をでるとやはり涼しさがぜんぜん違う。北の空気を肺に吸い込み、天を仰いだ。曇り空だったがその広さに心が解放されていく。
ハンドルをにぎりながら御徒町さんが話しはじめた。地域の歴史や産業、観光スポット。東京との二拠点生活ですっかり日高に詳しくなったらしい。企画の経緯についても説明があった。
「バーベキューのときに一人がなんとなくギターを弾きはじめてさ、それにつられてまた別のやつが歌いだしたりなんかしてさ、これってもはやフェスじゃん!って思ったのがきっかけなんだよ。」
町おこしの一環となるイベントが遊びの延長線上にある。純粋に楽しみたいという気持ちに人が集まるのだろう。小さな輪は、人を巻き込んで少しずつ大きく広がっていった。そうやって道外の僕にも声がかかったというわけだ。
運転席から流れてくる日高情報。その内容も興味深いものだったのだが、会話のリズムと話し声の心地よさの方に耳を奪われていた。薄い毛布を一枚かぶせたような、少しこもりのある柔らかい声音。まるで地方局のラジオでも聴いているようなのんびりした気分になる。いつのまにか完全にリラックスしていた僕は、分厚いシートに身を預けながら、車窓を流れる景色にぼんやり見惚れていた。
草原を駆けていく馬の群れ。道のりに鬱蒼と生い茂る木々は少なく、牧草地帯が目立つ。大きな窓と煙突のある家、ログハウスや納屋もあちこちで見かける。目に飛びこんでくる日高の景色には、異国のような情緒があった。それがどこの国かはわからないが旅番組で見たような絵になる景色だった。田舎にくると、なぜかいつもセンチメンタルになる僕だったが、気分は終始明るかった。
走っても走っても牧草地や田畑があらわれ、緑の景色が連続していた。そのグラデーションを目で追っているうちに鮮やかなブルーが飛びこんできた。海岸線にさしかかると、いつのまにか晴れていることに気づき、心が踊った。サイドガラスからキラキラした海が見えるたび、思わず声がこぼれた。
何度か沈黙をはさみ、御徒町さんはおもむろに日高の仲間について語りはじめた。さっきよりどこかゆっくりとした口調だった。
「都会に疲れて越してきたやつとかさ、人生やり直すためにきたやつとか、ずっとこの土地に拘ってるやつとか、日高には色んなやつがいるんだよ。」
2020年、長いサラリーマン生活に終止符を打ち、僕はフリーランスになった。話を聞きながら、「自分の人生は今どのあたりで、この先どうなるのだろう?」ふとそんなことを思った。
窓をあけるとビュウビュウ吹く風で髪がボサボサになる。海のむこうに沈む夕陽。目に優しいたくさんの緑。今考えてもどうにもならないことは今はとりあえず考えずにすんだ。風が強くて窓はすぐにしめた。
−山の家−
御徒町さんの借り家であり、フェス会場でもある「山の家」につくころにはすっかり日が暮れていた。本番を明日に控え、設営スタッフのみなさんは作業の真っ最中。庭にある小さな東屋がステージで、マイクやスピーカーはすでに設置されていた。作業灯によってバックドロップの「Hi-MAG」は煌々と照らされていて、明日への期待が高まる。そこらじゅうに吊り下げられたLEDライト。あたたかいオレンジ色の光が訪問を歓迎してくれているようだった。
スタッフ、アーティスト、みんな作業の合間に酒を呑んだり、バーベキューをしたり、そのうちギターを弾いて歌いだす者までいる。焚き火もある。きっと今夜は前夜祭なのだろう。僕は緊張しながらも輪のなかに混ざり、歌と酒を酌み交わした。気負いのないパーティーの雰囲気に心を許し、まんまと酔っ払ってしまった。
設営が落ち着き、家のなかで地元のみなさんと呑みなおす。予告なくはじまったジンギスカンパーティー。鍋のうえには羊肉とたっぷりの野菜。肉肉しいのにヘルシーな味で箸がすすんだ。本番は明日なのにもうすでに満足し切ってしまい、危機感を覚えた。楽しくても弾け切れない性分なのだ。手元のグラスをあけてからいったん席をはずし、外でクールダウン。そのへんの道路で大の字になって夜空を仰いだ。屋根のないプラネタリウム。満天の星空に危うく落涙しそうになる。
「お、おおぅ…」
流れ星を見つけ、声にならない声がこぼれた。最初は驚いたものの、そのあと探す苦労もなくいくつも見えたので、ありがたみを忘れそうになった。願い事はなく、落ちては消える様子をただじっと見つめ続ける。日高にきて一番贅沢なひとときを過ごした。めったに車の通らない道がキングサイズのベッドみたいに広々としていて、そのままいい夢が見れそうだった。宴はおそらく明け方まで続いたと思う。いつまでも起きていたい夜だった。
翌朝、起きてふと気づいたことがあった。日高にきてからスマホをほとんど触っていない。ただそれだけなのだが、とても大きいことのように思えた。とるに足らない変化をなにげなく御徒町さんに話してみた。
「自然は五感に働きかけてくる。情報量はスマホより多いしむしろ刺激的なんだよ。」
誰もいない客席に座り、ぼーっとしてみる。鳥や牛の鳴き声、草木の揺れる音、風のにおい。豊かな自然を前に歌えることは少ない。そう思っていたのに不思議と言葉があふれてきた。すぐにギターを取り出し、歌が生まれた。本番で披露しようと練習するうちに寝起きの頭は冴えていった。
前夜祭の空気感そのままにフェス本番ははじまった。ゆるいのにほどよい緊張感があることにイベントの質の良さと誠実さを感じた。モルック大会、バーベキュー、町人紹介、麻雀コーナー、ライブ演奏。バラバラなのになぜか不思議な一体感がある。無理にテンションを追いつかせなくても、楽しめている自分がいた。
ステージにあがる前も終えたあとも、特別なことはなにもない。演者もお客さんも誰もがただのフェスの一員であること。それがこのイベントが大切にしていることのような気がした。
談笑していると歌がよかったと声をかけてくれる方がいた。牧場を経営しているそうで、作業のあいまに立ち寄ったようだ。大阪出身だとわかると話が弾んだ。日高での暮らしもずいぶん長いらしく、移住してからのストーリーは興味深かった。同郷ということもあったからなのか「はじめて会った気がしない」と、ふだんしまいこんでいるハードな話まで打ち明けてくれた。抑揚が控えめのおだやかな口調だったので、どんな内容でも安心して聞くことができた。一重まぶたの笑顔はずっと柔らかいままで、昔の彼を知らないのに「日高にきてから丸くなったのかな」などと勝手に想像する。
盛り上がるにつれ、大阪時代の思い出話が次々にあふれてくる。僕との会話から記憶を掘り起こし、しみじみと懐かしんでいるようだった。
「もうすぐ餌やりの時間なんです。」
名残惜しそうに仕事に戻る背中を見送ったあと、ふと浮遊感をおぼえた。この旅が三泊四日で終わらずにどこまでも続いていくような…そんな気がした。それは不安や心細さとはまた違った。あてのない気持ちは宙を漂い、やがてシャボン玉のように弾けて消えた。
陽の光に目を細め、首のタオルで顔の汗をぬぐう。プラカップのぬるくなったレモンサワーを呑み干すと、空いた右手でほんの少しだけスマホを触った。
フェスが幕を閉じても終わった感じはしなかった。前夜祭も本番もそのあとも賑やかな気配がすぐそばにあった。
「楽しかった。きてよかった。」
夕暮れの涼しい風を浴びながら小学生が日記に書くような感想しか出てこない。そのくらい感情はシンプルだった。生きる意味や歌う理由は風にふかれ、僕の知らない場所へ飛んでいった。その行き先を景色でも眺めるように、ただぼんやりと見つめていた。
−羽衣−
御徒町さんに連れられ、地元の人が利用する銭湯にいった。キマる(整う)のがパフォーマンスでゾーンに入る感覚に近いのか、アーティストにはサウナ好きが多い。僕は得意ではなかった。ふぅふぅ言いながら熱さを我慢し、急な冷たさに身を投じる。どう考えても修行としか思えない。だが「整った…」と漏らす彼らはみな一様に恍惚とした表情をしていて、それを密かにうらやましく思っていた。いつかは僕も…と憧れてもいた。せっかくの機会だからと、久しぶりに挑んでみることにした。
苦手を訴えると、御徒町さんはサウナの楽しみ方を丁寧に指導してくれた。
入る前に水を飲むこと、しんどくなったら無理をしないこと、水風呂に入るときは手を最後につけること、外気浴でリフレッシュすること。
教わったとおりにやったが2ターン目でダウン。整うには至らなかった。
しばらくうなだれていると御徒町さんが言った。
「水風呂はサウナのご褒美なんだよ。」
それを聞いて、もう一度入ってみたくなった。次はもう少し気持ちを作ってから入水することにした。横ならびで浸かっていると、御徒町さんはまるで詩でも朗読するかのように静かに口をひらいた。
「”羽衣”って言ってね。こうやってじっとしていると、体の周りに体温で温められた水の層ができて、冷たさを感じにくくなるんだよ。」
すっと差し出された豆知識が妙に心に残った。やわらかい声音に薄いリバーブがかかっている。
「へぇ…そうなんですね。」
水のなかでは、ぼやけた手足がゆらゆらしていて、自分のものではないような気がした。ほどなくして他のお客さんがやってきた。ざぶんと身を沈めると静かな水面は波打ってすぐに波紋は崩れた。
「ひゃあああ…羽衣が…」
聞こえないくらいの音量で可愛い悲鳴をあげ、御徒町さんは水風呂を去っていった。
そのあとひとりで身体をじっとさせ、水面に静寂が訪れるのを待つ。しばらくすると波紋の輪っかが消えはじめ、水圧の刺激が弱くなる。集中力は皮膚の温度に向けられ、表面にふんわりと温かい膜のようなものを感じ取っていく。膜を感じるうちは冷たさが遠のいている。
「これが羽衣か…」
経験はあったが、その感覚をあらためて言葉にして呼び起こすと必殺技を習得したような気分になる。水風呂とは縁がないと思っていたが、入ってみればあんがい悪くなかった。
最終日、フェスで声をかけてくれた方に「ぜひ牧場見学にも」と誘われていたことを思い出した。山の家の近くにあったその牧場は、屋根のない大きな敷地で牛を放牧している。
雨風にさらされ、土のうえで寝起きする牛たちはひどく薄汚れていた。間近で見るとすこし恐怖感を覚えるくらい野性味にあふれている。限られた自由とはいえ、狭く暗い場所に閉じ込められることのない牛たちはとても優雅に見えた。好きなときに草を食べたり、あくびをしたり、寝転がったり、あたりかまわず放尿したりしている。ドナドナの影響で愛らしい瞳をみると切なくなったが、そこの牛たちはのびのびと暮らしていて、なんだか幸せそうだった。
見学のあと、搾りたての牛乳を試飲させてもらった。濃厚なのにサラッとした飲み口で、喉に抵抗なく流れていった。
別れ際、僕たちを引きとめるように「家のなかもどうぞ」と招いてくれたが、時間に余裕がなく、またの機会にした。
「きっとまたきてください。」
一重まぶたの柔らかい笑顔に送り出され、車へと乗り込む。サイドガラスの窓をあけ、またきますと返事をかえした。バックミラーにはいつまでも手を振る作業服姿が映っていた。
大阪に帰るとあっさり日高の余韻はぬけた。連休明けのタスク処理、終わらないLINEのやりとり。マッサージの揉み返しのように一気に気ぜわしくなる毎日。
聞こえないくらいの小さい悲鳴をあげながら、僕はまた僕の暮らしに戻っていった。
■田渕 徹 プロフィール
音楽家、詩人、三姉妹の父。
ソロ弾き語りとバンド(グラサンズ)で全国活動中。
自作曲、特に詩の世界で好評を博し、奇妙礼太郎への楽曲提供や映画「愛しのアイリーン」主題歌の作詞曲を担当。その他、詩のワークショップ「Word Watching」を主催するなど、音楽を軸とした多様な創作活動に関わっている。
◾️お知らせ
2026年7月18日、田渕徹 NEW ALBUM「猫背の月 (Live at La Cana, Tokyo, 2025)」が配信リリースされた。サポートギターは潮田雄一。
2026年8月29日(土)に北海道新冠町の判官館森林公園キャンプ場で開催される「日高コズミック祭り2026」に「田渕徹+潮田雄一」で参加することが決定した。
