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思い出は日高に⑨ 地元で生きる

日高コズミック祭りに参加するため帰省した一週間後、私はまた静内に帰っていました。

祖母が91歳で亡くなったのでした。

祖母はこれまで地元の特別養護老人ホームに入所しており、帰省のたびにお見舞いに行きました。2023年に車椅子で一時自宅に戻ったのが最後の外出で、それ以降は両親が毎日のようにお見舞いへ行き、様子を見ていました。

8月末の帰省の際にお見舞いしたときは浅く眠りについていて、私は「また来るね」と言って部屋を出ました。前回、6月に一度帰省して会いに行ったときよりも弱っているようで、去ることに少し心残りがありました。

9月頭、母からの電話で祖母が亡くなったことを知らされました。葬儀は来週だといいます。そのあいだはいつも通り仕事や生活をこなさなければならず、なかなか実感が伴いませんでした。なんだか泡の中に入って浮いているような感覚。

そのくせ、洋楽のミュージックビデオを見ているときに、悲しい内容でもなんでもないのに(ヒップホップです)とつぜん涙がぼろぼろこぼれることもありました。感情のスイッチがどこにあるか分からなくなったようでした。

ですが、しんと気持ちが静かになる瞬間があって、私は一編の詩を書きました。

  「表面張力」

ハンメが亡くなったと聞いたのは
二日前だと思っていたのに
昨日のことだった、朝
オモニからの電話で目が覚めて

ちょうど一週間前に
飛行機に乗って会いに行って
眠りに浸る白い肌を見た
八月末 北海道は秋だった
窓を開けると緑がすずしい

もう長くないね
コモたちもそう言っていて
みんな分かっていたから
アボジと私はそれを口にしなかった

お通夜は明後日で
私はまた成田空港へ行く、それまでに
仕事もこなすしお腹も空くしドラマも見る
本も買うし笑いもするし
はっきりと冷静で

涙はどこに貯水されているのだろう
灯籠流しの時にだけ手をつないだ
私の夫を「いい男だ」と言ってくれた
私が読んでいる本に珍しく手を伸ばした
散らばる記憶のなかに満たされて
表面張力を起こしている

さいごに近い寝顔を覚えている
写真にうつる笑顔も思い出せる

今は静かにたたえられた水が
数日をかけて別れの温度に変わっていく

詩の中で、ハンメとは祖母のこと。オモニは母、コモは叔母、アボジは父という意味です。ハイマグの記事では普段、祖母や母、父といった書き方をしますが、この詩の中ではいつも口にしている、自分のルーツに沿った呼び方を生かしたかったのです。

そこからはあっという間に日が流れ、お通夜当日、数時間前に葬儀場に到着しました。憔悴しきっていると思った家族は、気が張っているのか見た目にはきびきびとしていました。そしてちょっとした待ち時間に父が思いがけないことを言いました。

「ここでお前の同級生が働いてるぞ」

えっ!と驚いて受付の方へ行くと、確かに中学時代の同級生が。顔を見た途端に双方「変わってないね~」と言い、しばし思い出を語り合いました。その子は葬儀の準備から当日の司会、霊柩車の運転、終わったあとのもろもろの事務までをこなしてくれ、私はなんだかとても不思議な気持ちでその姿を見ていたのでした。

地元に戻って、町内の人々の生活に直結する現場で働く人がいる。たくさんの人の人生の一場面を見つめ、その中にはきっと昔から知っている顔もある。地元で生きるってこういうことなんだと知り、ふとパラレルワールドの自分を想像してみたりもしました。

祖母のお葬式にはたくさんの弔問客が訪れ、霊前で涙を流す方も多く、祖母もやはりこの町で色んな人と関係を築きながら生きていたんだなと思いました。

また、私が知らなかった祖母の来歴や人柄も聞くことができました。石川県出身で、きょうだい思いで、当時にしては背が高く、力仕事もできて、詩や小説が好きで(!)、お茶目で、お洒落で、商才があって……。

私の前ではいつも「ハンメ」だったけれど、その言葉には収まりきらない様々な表情を持っていた祖母。これからも手法を変えながら、何度でも祖母について書き続けていきたいです。

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