思い出は日高に③ いりえで過ごした日々
幼い頃からたびたび「いりえ」に遊びにいきました。いりえと言っても海岸にある入り組んだ空間のことではありません。静内に昔あった本屋さんの名前です。
本好きになったのは小学校5年生のとき。当時、『ダレン・シャン』という児童向けダークファンタジーが話題でした。数奇な運命からバンパイアの道に足を踏み入れることになる少年の物語です。あまりにも流行っていたためなんとはなしに読み始めたのですが、本ってこんなに面白いものだったのかと衝撃を受けました。
シリーズものなので、次巻が発売されるまでには間が空きます。待ち遠しさを埋めるために次から次へと色んな本に手を出すようになった時期、読書欲を満たしてくれたのがいりえでした。
私は週に一度、学校が終わったあと小走りで家に帰りました。毎週水曜日は実家の飲食店が定休日で、両親が買物に連れていってくれるからです。「どっか行きたいところある?」との問いに、いつも迷うまもなく「いりえ!」と答えていました。
売り場面積はけっこう広く、店内に入ってまっすぐ右へ進むと奥のほうに児童書コーナーがあります。私はそこで『ダレン・シャン』ほか、『モモ』や『はてしない物語』、『ミッケ!』シリーズ、間違い探し、雑学、クイズ本などを買ってもらいました。
年齢が上がるにつれ、文庫本や一般文芸書のコーナーにも対象範囲を伸ばしていきました。「王様文庫」というかわいらしいレーベルに目を留めたり、ちょっと難しそうな小説に挑戦してみようか悩んだり。映画「シックス・センス」を見たあと偶然ノベライズ版を見つけて、映画作品が本になることもあるんだ!と興奮したり。
行くごと、新しい通路を歩くごとに新たな発見があり、日々視野が広がっていくようでした。日常生活では経験したことのない感情に出会わせてくれたのもたくさんの本たちです。
衝撃的な結末を迎える『ペイ・フォワード』は、読後、これまでに感じたことのない、なんともいえない、じっとしていられない気持ちになったことを覚えています。いま考えると人生で初めて「やるせなさ」を知った瞬間だったのでしょう。
すべてを理解することはできなかった『A.I.』では、主人公である少年型ロボットが外の世界に対して抱いていた「分からなさ」を、同じ目線で共有していたような気がします。
この文章を書きながら久しぶりに読んでみたい気持ちに駆られましたが、大人になったいま読むと確実に読後感や感想は更新されてしまいます。今はもうない、いりえの空気や当時の思い出とセットになって保管されている読書体験。何冊かは、そのまま記憶の棚にさしたまま取っておくことも大切なのかもしれません。
読むことが好きだった私はそのうち自然と書くことも好きになり、現在ほそぼそとながら文筆業に携われています。私にとっていりえは、自分の好きなことを押し広げてくれた場所でもあるのです。
「町のいりえで」
さざんさざん
町のいりえは
波の代わりにページがよせて
さざんさざん
透明な指先を
色とりどりに染めていく
隠れたものを探す面白さ
ひとりの寂しさ大らかさ
宇宙と植物の果てしのなさ
たった一つの瞬間でも
気持ちがいくつも存在すること
こぼれてきそうな文字たちを
早く瓶に詰めたくて
だけどもっとここにいたくて
エンジンの音に気づかないふりした
さざんさざん
町のいりえに
今日のところの足跡のこす
海はいつでも待っている
