Hi-MAG北海道・日高の
ウェブマガジン

思い出は日高に① 地元はいつも、横へ横へ

新ひだか町がまだ静内町だったころ。JR日高線が通常運行されていたころ。平成初期に私は生まれました。静内保育園、静内小学校、静内中学校を経て、高校からは札幌へ。初めて親元をはなれ、寮生活をしながら学校に通いました。高校卒業後は大学進学のため上京し都内で就職、そうして現在に至ります。

ちょうど思春期に差しかかる時期から家を出た私にとって、地元はいつも寂しさを伴う場所になりました。学校の夏休みや冬休み。社会人になってからは、日数がぐんと減った夏季休暇や冬季休暇。実家に帰ってももう戻る日のことを考えてしまう。なんなら静内へ向かう汽車やバスの中からすでにカウントダウンは始まっている。

高校時代は、少し遠いとはいえ同じ道内であること、バスに乗れば一本で着くこともあって、まだそれほど深い寂しさではなかったような気がします。苫小牧に親戚が暮らしているので、そちらへ寄って一泊してからJR日高線に乗って帰ることもありました。たまに汽車に乗ると、バスとはまったく違った景色が見られるのも新鮮でした(窓の外が一面真っ青で、まるで海の上を走っているかのように感じられる区間もありました)。

しかし東京へ出たあとは、帰省するのにも片道7~8時間を要しました。社会人になると、ただでさえ短い休みのうち半日以上を移動に費やしてしまう。地元で過ごす時間、つまり家族と一緒に過ごせる時間はいつもあっという間で、寂しさを噛みしめて東京へ戻りました。そんなとき目に入るのは、横へ横へ、そして後方へ後方へと流れていく地元の景色です。

見慣れた町並み。左手にはどこまでも広がる海。隣町。牧場地帯。そこからまだまだ遠くへ。待っているのは仕事に追われる日常です。やりたいことがあって、運よくその仕事に就けた。忙しくとも楽しく充実している。けれど一方で、家族と一緒にいられる時間は削られていく。どこかずっと親不孝をしているような気持ちがありました。

ふと数えてみると、高校進学を機に家を出てから20年以上(!)経ちました。毎回、近づいては離れ、また近づいては離れ。申し訳なさや取り返しのつかなさといった様々な感情が混じった郷愁を抱きながら、汽車やバスに揺られ続けてきたように思います。

そんな気持ちを多少なりとも言葉にできるようになったのは昨年。いくつかの偶然に背中を押されて詩作を始めたことで、それまで散文では表現できなかった、できるとも思っていなかった気持ちを少しずつ書き留められるようになったのです。

久しぶりに北海道に降り立ち、新千歳空港から札幌へ向かっている汽車のなか(空港から浦河までの直行バス「特急ひだか優駿号」も2022年にとうとう運行終了となってしまいました。そのため、静内へ向かうにはいちど札幌まで出てバスに乗り換える必要があるのです)。広い土地、白樺、街並み、夕暮れ。目に映る景色と呼応するように自然と言葉が浮かんできて、忘れないようスマホのメモに打ち込みました。後日完成させたのが「新千歳空港―札幌間」という詩です。

その直後、くしくも地元・日高を拠点にしたウェブマガジンHi-MAGが「道産詩賞」を主催していることを知り、これは!と思い応募しました。ありがたいことに審査員特別賞(三角賞)に選んでいただき、サイトにも掲載されました。関連する言葉は作中に一言も入っていませんが、ただただ家族のことを思って書いた詩なので、(読まれることに少し照れもありましたが)受賞の報告ができてとてもうれしかったのです。

月別アーカイブ
タグ一覧