思い出は日高に⑥ 幻の草原
先週、静内川花火大会があったと両親から聞いて「そっかこの時期かあ」と羨ましい気持ちになりました。
私は15年以上前から関東で暮らしており、隅田川や荒川で開催される大きな花火大会にも足を運んだことがあります。都会ならではの豪華絢爛な夜空に驚きもしましたが、好きだなあとしみじみ思うのは静内の花火大会です。
地元だということもあるでしょう。さらさらと涼しい夜風。焼きそばやクレープといった祭り屋台の賑やかさ。大人になって久しぶりに再会した同級生との気恥ずかしくもうれしい時間。昔から馴染みのある風景のなか、終わりゆく夏を見送ることで、残りの季節もがんばろう、そしてまたお正月に帰ってこようと元気をもらえました。
静内川花火大会のクライマックスといえば、夜空一面に広がる黄金のしだれ柳。「錦冠菊(にしきかむろぎく)」という種類の花火だそうです。

これが次から次へと打ち上げられ、大小さまざまな輪が重なり、荘厳ともいえる映像が視界を満たします。全身に響くドン、ドンという音。ゆっくり散っていくきらきらした粒。しばらく呆けてしまうくらいきれいで、いつも夢中で眺めていました。
しかし、私にとって本当に肝心なのはこのあと。すべての花火が打ち上げられて静かになった夜空に一瞬浮かぶ、「幻の草原」です。
……感覚的なことなのでうまく書けるか分からないのですが、大量の光の余韻でまだ明るく見える空と、もくもく上がる火薬の煙、それをゆったりと流す風が合わさって、まるで入道雲をたたえた青空のもと、はるか遠くまで続く草原が見える気がするのです。簡単に言うと目の錯覚なのですが、個人的にはここまでを含めて“地元の花火大会”で、思い出の一部になっています。
目の錯覚って空耳に近いのかもしれません。例えばまったく分からない外国語の歌を聴いていて、日本語に似た発音が耳に入ると咄嗟に知っている単語に変換され、そちらが歌詞として定着してしまう。
「草原」も同様で、いちど認識してしまった映像を脳が再生している。たとえ地元で見る花火が数年ぶりでも、クライマックス後の夜空には相変わらず草原が立ち現れるのでした。
他の花火大会でも見られるのだろうかと思って観察してみたこともありますが、環境条件が違うのか、ただ真っ暗な空が残るだけ。地元でしか見られない、けれど誰とも共有できない、写真に収めることもできない幻の草原。形のないこんなあやふやな映像が、けれど私の目にはいつまでも焼きついています。
「幻の草原」
空が反転したら現れる
幻の草原
夜なのに青空で
鮮明なのに儚く消えて
どこでもない場所のようで
はるか遠くまで続いているようで
気がついたら はじめから ここ
まぎれもなくこの町で空を見上げていて