『日高に来た俺の物語』二章
『俺らの夏フェスは、BBQから始まった』
俺が日高を知る前、火の横で音が鳴った日のこと、
新冠町の山の中にある「山の家」に、みんなが集まった。
理由なんて特になかった。ただのBBQだったらしい。
だけどその日は、ギターを持ったミュージシャンがいた。
山木将平。

山木君は北海道が産んだ天才ミュージシャンだ。
山木君が、パチパチと音を立てる焚き火の横でギターを弾き始めた。
その場にいた人たちが楽器を持ち寄り、自然とセッションが始まった。
BBQに酒、BBQの香り、音楽に心地よい空気感、
ただのBBQに、ここまで日常の解放が詰まっていることがあるだろうか。
その日の夜は五感を満たす贅沢な時間だったらしい。
そんな時、誰かがぼそっと言った。「これ、もうフェスじゃん。」
名前もない、主催もいない、でも確かにそこに「熱」があった。
そして、誰かが言った。「来年もやろう」
それが、山フェスの始まりだった。
名前のないフェスに、名前がついた。

それから1年、俺は日高に移住していた。
仲間ができて、気づけばその輪の中にいた。
——日高に来た年、2024年の夏——
「今年もやるらしいよ」って聞いて、俺も初めて参加することにした。
人数は子ども含めても20人に満たなかった。
誰かが肉を焼いて、誰かがドリカムを歌って、
誰かが詩を読んで、誰かがカホンを叩いた。
昼はスイカ割り、夜は花火。
最後には、俺が花火を口に加えて子どもたちを追いかけてた。

フェスって言ったって、身内の集まりに毛が生えたくらいだった。
だけど、音楽と焚き火があるだけで、心が熱を帯びた。
あれは確かに、特別な夏だった。
——それからもう1年、2025年の夏——
第3回目の山フェスは、今までと景色が変わってた。
照明が灯り、フラッグが揺れて、地元のキッチンカーも来て、
総勢100人近く集まってたんじゃないかと思う。
前日の夜は、遅くまでステージの最終打ち合わせをしてた。

翌朝には、ステージが完成して、
木々に囲まれた会場に、音楽と人が集まり始めた。
テーブルには七輪。焼き場では肉が焼かれ、
地元のドリンクや料理がキッチンカーから出されてた。



昼にはモルック大会。チームに分かれて大人も子どもも大はしゃぎ。
まさかの実況中継が始まって、試合は盛り上がっていった。


午前中からゆらりと始まった山フェス。昼を過ぎる頃にはみんなが楽しんでいた。
日が暮れて、夜の山に火が灯る。
ランタンや焚き火が会場をゆらゆらと照らし始めたころ、
音楽も、笑い声も、どんどん大きくなっていった。
カホンがリズムを刻み、ギターが鳴って山に響く時間。
俺はBarスペースを任されて、アルコールを振る舞っていた。
歌の合間に入る詩の朗読、その声にチェロの音が重なって、夜の森の奥まで、音が溶けていくようだった。


そこからは、もう祭りみたいだった。



登場したミュージシャン達の演奏は、完全にスイッチが入って心から楽しんで鳴らしてる音だった。
みんな自然と前に集まって、手を叩いて、笑って、踊っていた。
カラオケが始まったのも、誰かがマイクを回したのも、全部流れのまま
音が音を呼んで、誰かが歌い出し、みんなが続いた。
「ステージ」なんて言葉がいらないくらい、会場全体が、ひとつの生き物みたいにうねっていた。
星が出てきても、誰も見上げていなかったのを覚えてる。
それよりも、目の前の夜の中にある、光と音とに夢中だった。

「フェスっぽくなったな」
そんな声が聞こえた。
でも、たぶんずっと最初からフェスだったんだと思う。
名前なんてあとからついてくるもんなんだと、ひとりで頷いた。
誰が主催かなんてどうでもいいと思った。
ステージがあるとかないとかも関係ない。
ただ、集まった人がその場で熱を出し合って、
そのまま“音”になっていく。
夜の山は静かだけど、
この夜ばかりは、ずっと賑やかだった。
それでも不思議と、自然と溶け合っていた気がする
⸻
詩 『山の音』
火がついて
風が抜けて
声が重なる
誰かの手が
誰かの背中に触れ
静かな笑いが、夜を満たす
音は、
遠くの星に届くくらい自由で
忘れていた気持ちを
そっと撫でていった
名もない歌
名もない時間
なのに、
ここにいたことだけが
ずっと、灯りみたいに残る
帰り道に思い出すのは
楽しかったことより
あのときの、
肩の力が抜けた自分だった
山の音は、
きっとまだ響いている

あの場所には、ルールもチケットもない。
知らない人がいるのに、みんな笑ってた。
フェスって、音楽でもステージでもなくて、
集まって、笑って、火を囲んで、音を鳴らすことなのかもしれない。
名前も、看板も、演者のラインナップもいらない。
ただ、「来年もやろうな」って言える、その瞬間があればいい。
来年は、どんな夏になるだろう。
また火のそばで、笑っていられたら、それだけで十分だ。

さて次は何を書こうか。