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中筋智絵
日高グランピングツアー抄録

第一回道産詩賞(主催:Hi-MAG)で見事大賞を受賞された詩人、中筋智絵さん。7月初旬に中筋さんを招き、副賞の「御徒町凧と巡るグランピングツアー」を行いました。第二回道産詩賞の開催に合わせて、中筋さんより寄稿いただいた日高滞在記を掲載します。第二回道産詩賞の公募は2026年2月28日(土)まで。みなさんのご応募お待ちしています!


日高グランピングツアー抄録  中筋智絵
 
日付:2025.7.5~7.6
参加者:御徒町凧さん、三角みづ紀さん、Hi-MAG編集部の皆様
 
3月に第一回道産詩賞をいただき、その副賞として日高グランピングツアーへ招待していただいた。審査員の御徒町凧さん、三角みづ紀さんをはじめ、賞を主催するHi-MAG編集部の方々とともに一泊二日をひたすら詩に浸って過ごした、その貴重な体験を抄録として書き綴ってみた。この手記を読んだ方々に、詩人たちとの交歓の素晴らしさとともに、日高の魅力をも知っていただき、道産詩賞へ挑もうとする思いを大いに搔き立てていただけたら幸いである。
 

1. 往路 
札幌から新冠まで三時間ほどのドライブ。三角みづ紀さんと夫君である小林大賀さん、お二人と詩や映画の話がはずむ。早くも詩まんさいのツアーになる予感がして心躍った。
輪厚(わっつ)で小休止。普段は札幌近郊からめったに出ないので、アイヌ語地名を見ると、しみじみ遠くに来たなあと思う。
新冠町に入るとすぐ海が見えてひどく驚く。日高のイメージとして山ばかりを想定していたので海の近くであることがすっぽり抜けていた。海、それも太平洋である。水平線の果てになにもない。日本海だと常に対岸に岬や風車、橋なども見える。そんなにぎやかな海に慣れていた私にとって、太平洋の果ての無い広大さは気持ちよくもあったが、その一方でひどく無防備に、恐ろしくも思えた。
新冠で御徒町さん、Hi-MAG編集部の西原さんと合流し、皆さんで和食の昼食をいただいた。
 

2. 乗馬
昼食後、牧場で乗馬体験。私の乗った馬はアンドリューくん。名前を呼ぶと、まつげの長い黒い目でちろっと見る。
乗るときは背丈くらいの高い位置で左足をあぶみにかけ、右足をくるっと回し反対側まで跨ぐ。これが意外に怖かった。勢い余って落っこちそうで。幸いにもなんとか踏みとどまって乗ることはできた。跨ったら、手綱をひいて方向を指示するのだが、アンドリューくん、かなり自由な性格で、首を下げてぶるるんと言ったり予想しない動きをみせる。そのたびにヒヤヒヤした。それでもなんとか林間コースを1時間ほど、私の導き通りに歩いてくれて(前の馬について歩いただけかもしれないが)、無事、馬場まで帰って皆さんと記念撮影もできた。そして最後の恐怖は降りるとき。あの高い位置からどうやって降りるんだろと歩きながらもずっと考えていたが、左のあぶみに右足を寄せて馬の背中に腹ばいになり、乗るときと違って台を使わず、ずるずる、という感じで両足で砂場に降りた。無事地上に降りたときはホッとした。すごいことを成し遂げたような達成感だった。おおげさじゃなく。
アンドリューくんとはかなり仲良くなって、私が顔にたれた髪を払っていたら「どしたの?」というしぐさでのぞき込んできたり、鼻を撫でてやったりしているうちに、だんだん可愛くなってきて、お土産にアンドリューくん絵葉書まで買ってしまった。絵葉書はさっそく部屋の鏡の横に貼り、毎朝髪を梳かしながら、あの濃厚な時間を思い出している。

3. レコード館→西日の日高路
乗馬のあと、温泉で汗を流してから新冠の道の駅にあるレコード館へ。102万枚もの全国から寄贈されたレコードを市で管理しているという。好きなレコードを巨大スピーカーで流してくれるというので、私はワムの「ラスト・クリスマス」、アン・バートン「宵のひととき」をリクエストした。映画館のように薄暗いホールに入り、ふかふかの椅子にゆったりと身をゆだねる。外は30度近く、クーラーのきいた空間で大音量で聴くクリスマスソングはなかなか粋だった。
ここでは御徒町さんと、このレコード館の活用方法を語り合ったのが面白かった。日高スタンプラリーや詩人たちのラップを含めた朗読会、オンラインでの曲販売などいろいろプロモーション案を伝えたら、Hi-MAG入る?と笑ってくださった。
そのあと御徒町さんのセカンドハウスへ寄ったのだが、その道中はまさに山と野原の日高らしいのどかな風景がみられた。いたるところに馬や鹿がいて、とくに野生の鹿が群れで駆けている光景は映画の1シーンのようで、ちょうどオレンジ色の西日と晴れかけた霧の演出がなんとも幻想的だった。また、乗っていた車の走行距離がちょうど123456キロに達するという奇跡のような瞬間を目にした。なんという縁起の良さ!と三角さん、小林さんと笑い合った。

4. BBQと感動の連詩体験
18時ごろグランピング施設へ到着した。宿泊棟として寝室とサニタリールームが分かれているコテージが用意されていた。荷物を置いてすぐBBQパーティー開始。Hi-MAGプロデューサーの方や編集部の方々も次々と到着し、みなさんで道産詩賞の祝杯をあげてくださった。目の前の焼き網で、霜降り牛、タラバガニ、螺のアヒージョなどのほか、持ち込みのホルモン、鶏肉、豚骨付き、長ナス、ウィンナーなどいろんなものを焼いた。そのほかサムゲタン、たこめし、焼きマシュマロなど。目くるめくようなご馳走だった。
後半、おなかも落ち着き、本命の連詩が開始。御徒町さんが「日高エトセトラ」と題して、トップの4行をさらさらと書いた。そのあと居並ぶ全員が数行ずつ、その場で作った詩を加筆してゆく。本気の連詩会はすごい緊張感だった。必死に言葉を見つけ、編んでゆく。そのことで詩的瞬発力がものすごく鍛えられる。頭の未知の領域を押し開かれる感じだ。じっくり考えて書くのでなくその場に応じてぱぱっと書く。これまでの私にはまったく無かった新たな方法だ。今後もどしどし試してみたい。
そうして二時間ほど間に、昼間の体験の成果物として、日高の風物にあふれた詩作品が完成した。五感で味わった日高の風物、躍動感がみちあふれた愛しい作品が、皆さまとの共作にて完成した。それは実に感動的な瞬間だった。それを味わうために私はここに来たのかもしれないと思った。

5. 異界へただよう夜
23時を過ぎそろそろ散会近くなったころ、御徒町さんとHi-MAGの伊藤さんがギターを弾いて歌ってくださった。カエルの声が響き渡る人里を遠く離れた大自然のなかで、ひとの肉声に聞き入っている時間、それはなにものにも代えがたい感動だった。古来、ひとはこうして孤独を捨てて集い始めたのだろう。街灯ひとつ無く、蚊やりのカーテンを一歩出たら体一つで深い闇と野生動物の体臭のなかに放りだされる。そんな環境に身を置くのは生まれて初めてだったので、にんげんの集い歌う声がそのまま、ひと肌の温かさに思えてひどく慕わしかった。
日付が変わる前に一人でコテージへ戻り、まんじりともしない一夜を明かした。眠れないと3時半には明るくなってくるのがありがたかった。そのころから鹿らしきぴいぴい鳴く声がしきりに聞こえていた。甲高い金属質の声で鳴きかわしている。眠れないままに耳なじみのない声を聴いていると、薄闇をまとった異世界をただようような不思議な気持ちだった。そのうち鹿の声は遠ざかり、次第に聞きなれた鳥の声に変っていった。気がつくと、いつも通りのあかるい夏の朝のなかに私はいた。
 

6. 最終日のまたとない景品
二日目は御徒町さんの山の家と近くのカフェでしばらく語り合い、最後に鹿皮工房に寄って、お昼前に解散した。
カフェでは店主さんが撮った写真を見て、みなでタイトルあてクイズをした。御徒町さんの発案である。ふとしたきっかけを逃さず、言葉への感性を高め刺激しあおうとする御徒町さんの行動力はなんてすばらしいのだろう。私も真の詩人になるために一瞬たりとも無駄にせず、言葉を知ろうとし、行動することで自分を試し、高めていきたい。御徒町さんの姿からそう思わせられた。
帰路の車中では、三角さんからご自身の詩作パターンについてお聞きし、自然な流れに沿うことの大切さを教えていただいた。自分の詩はどうも修辞にこだわりすぎてしまうので、三角さんのように、詩おのずからの動きを生かして書いてみようと思った。
最終日に御徒町さん、三角さんから身をもって教えていただいたのは、今後私が詩と向き合っていく際の大きな指針だった。それは道産詩賞のまたとない景品であった。
 
全体をとおして、一泊二日のツアーでは、詩の話に興じる時間をたくさん持てたことが本当に貴重だった。こんなに詩にまみれた2日間は人生初であった。次へとつながる貴重な体験の数々を与えてくださった、御徒町さん、三角さん、Hi-MAG編集部の皆様に深く感謝しながら、この語りつくせぬ抄録の筆を置くことにする。

最後に詩をひとつ、あの忘れられない夏の日を心にふかく刻み込むために。

日高コテージ 孤夜
            中筋 智絵

時計の針は三時からはじまり 
闇をなめまわして 三時にもどる
眠れない耳が しめった夜をはばたきわたる

明けない靄を切り裂く 金管色の鹿の声
その鋭さを 蛙の斉唱がゆたかに受けとめる
夜のからだは かさねた薄紙でできているから
紙のあいだに 音はいくらでも忍び込める
音は自分をひかりだと思っていて
極薄になる術も知っている だから
私はひかりを音と呼んでもいいし
音をひかりと呼んでもいい
どちらも同じくらい透きとおっているので
おなじ名でも構わないらしい
そうして夜はぶあつく にぎやかに肥えてゆく

にくたいのたてる音だけ 聴きわけたい
ベッドを軋ませるかたまりを 両手で千切ると
扉に 蛾のぶつかる音がする
夜明けのために あたたかく死んでゆく
こなごなの羽音のふりつもる部屋に 
私は目を覚ます
生まれたてのように 何ひとつ記憶を持たず
そこが夏であることだけを知っていた 
 
あさ という言葉も知らないけれど
目のまえに ただ
あかるいものが ふくらんでいた
 
 
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