火星より遠く ~日高山脈記#2/アポイ岳ジオパーク~
前日に訪れた日高山脈博物館に続けて、様似町にあるアポイ岳ジオパークへ。アーティスト千葉麻十佳さんと、マグマの素「かんらん岩」を追う旅の第二幕。前回の記事:日高山脈記#1/日高山脈博物館
「アポイ岳ジオパーク」は日本に10ヶ所しかないユネスコ公認のジオパーク。ビジターセンターには、貴重な岩石や、アポイ岳特有の動植物、日高山脈形成のプレート活動を知るための資料展示が整えられている。地質学が専門の学芸員、加藤聡美さんに案内していただいた。


取材で印象に残ったのは、「火星より遠いマントル?」という解説パネル。
地球から約1億キロメートル離れた火星。探査機がその地表から岩石を持ち帰ることもできる今日の科学技術の進歩には、驚くばかり。日進月歩という言葉すら色褪せそう。地球の外側に広がる宇宙についての研究が進み、様々な新発見がなされているが、地球内部のマントルについて知ることは、今も昔もハードルが高いのだそう。研究を阻む壁は、地球表面のプレート。未だ人類は厚さ10~100kmのプレートを破る技術を持っておらず、プレートの先のマントルを見ることも触ることもできない。そして、アポイ岳に隣接する「幌満峡」から採れるかんらん岩が、この壁を破ってくれる存在だという。
日高山脈は、プレート同士がぶつかり、めくれ上がるようにして形成されたことから、地下70kmもの深さにあった岩石が露出している。つまり、人類未踏の地球深部の様子を伝えるサンプルが、幌満峡では手に入るということ。直接探査できない地下70kmの資料が得られる様似町は、地質研究という観点から見れば、火星より遠いマントルに手が届く場所。なんでも、世界の研究者達の間でも日高の様似(Samani)を知らないのはモグリだとか。ここは、知る人ぞ知る様似なのだった。
火星の話のように、展示パネルの解説にはユニークな切り口が盛り込まれていて、引き込まれる。例えば、「新鮮な岩、腐った岩」といったフレーズ。これ、気になりませんか?続きは、ぜひ現地で。
センター内には顕微鏡の実験設備もあり、かんらん岩を厚さ0.03mmにスライスしたプレートの拡大像を見ることができる。偏光板(フィルター)を重ねると、かんらん岩の色彩に特殊な効果が。


この現象は、岩石の中の一つ一つのかんらん石が異なる方向に光を反射するためで、原理としてはシャボン玉が虹色に光るのと同じだそう。まるで光そのものをちぎって絵にしたようで、ずっと眺めていたくなる。さらに、プレートを回すと万華鏡のように色が変化していく。




この岩では、かんらん岩とはんれい岩がサンドイッチのように交互に層を作っている。岩の種類によって風化、侵食への耐性が異なるため、永い年月を経るとこのような形が生まれるのだそう。山中で、こうした形の岩を実際に見ることもできた。
ビジターセンター見学の後、かんらん岩を目当てに、いざアポイ岳へ。かんらん岩の露出は5合目以降と聞き、まずはこの地点を目指すことに。

アポイ岳は標高810メートル。頂上までの所要時間は2時間30分~3時間程度で、五合目までは樹木が鬱蒼と生い茂る。
この記事ではあえてかんらん岩に絞っているものの、特有の野生動物や高山植物といった豊かな自然もアポイ岳の魅力。野生の動植物や風景の楽しみは、シリーズ次回の日高山脈記#3をご覧ください。
五合目を超えると、風景は一変。剥き出しの岩石に灌木と高山植物の生える見晴らしの良い地帯が続く。

六合目付近では海や港を一望。眼下にちぎれ雲が流れるのを眺める。
やがて、登山道の傾斜も急勾配に。足元の岩石に擦れて鮮やかな緑色になった箇所を発見。


これがかんらん岩かと思いきや、加藤学芸員に確認すると蛇紋岩という別種だそう。

険しい登りをさらに進み、7合目に辿りつくと、迫力あるゴツゴツとした岩が現れてくる。


果たして、一体、どれがかんらん岩なのか?前日の取材によると、アポイのかんらん岩は鮮やかなオリーブ色。しかし、実際には、オリーブ色は研磨しなければ現れないものらしい。ここで前日の取材で聞いた「かんらん岩は重い」という見分け方を思い出し、いくつか石を手に取ってみると、確かにズシっとくるものが。風化し、鉄分が錆色になった外側と、内側の黒。加藤学芸員のガイドから、この錆び色の岩たちがかんらん岩であると判断。
その後、濃い雲に阻まれ、登頂は諦めて下山。そこから幌満峡エリアの河原へ向かう。ここはジオサイトとして登録されており、かんらん岩を含め、かつて地中深くにあった様々な岩石が転がる。川の水に濡らすと、きれいな鉱物の色合いを見ることもできる。



様似の海岸沿いでは、「親子岩」に代表される奇岩や、日高耶馬溪エリアの景観も名所として知られている。プレート衝突に関連した地形は、どれも本当にダイナミック。国道沿いにあるので、行き帰りにはお見逃しなく!

(写真提供:様似町)
様似のアポイ岳ジオパークを含め、このエリアは2024年に日高襟裳十勝国立公園として指定されています(そのため、石や動植物の持ち帰りは禁止)。環境省のWebサイトでは、様々な見どころが紹介されています。日高襟裳十勝国立公園
固有種も多いアポイ岳の動植物記は、「日高山脈記#3/アポイ岳の自然」をご覧ください。