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2億年に触れる ~日高山脈記#1/日高山脈博物館~

今回取材に訪れたのは、日高町にある日高山脈博物館。地質学が専門の同館の学芸員、東豊土さんに案内をしていただいた。

取材に同行してくれたのは、札幌在住の現代アーティストで、鉱石を用いた作品を制作している千葉麻十佳さん。千葉さんは、かんらん岩を巨大なレンズで太陽光を集めて溶解させ、人工的にマグマを生成する作品をを発表している。そして、日高山脈は日本でも数えるほどしかない、かんらん岩の産地。こうした縁で、日高山脈記のゲストになってもらった。千葉さんはマグマの作品『Melting Hida Mountains』で、清流の国ぎふ芸術祭でグランプリを受賞されている。

かんらん石のペリドットに、ガーネットとダイヤモンドを溶かした千葉さんの作品。かんらん岩が溶けると、このようなマグマ状になる。地球内部のマグマも、かんらん岩が溶けたものだ。(撮影:小林大賀)
館内の展示室。日高山脈の岩石標本が並ぶ

館内の資料展示と東さんの解説から、日高山脈の大まかな成り立ちがわかってくる。

・日高山脈が形成されたのは、今から約1300万年前。

・プレート同士がぶつかり、めくれ上がって形成された山脈である。

・このめくれ上がりによって、日高山脈では地下のマントルが地表に露出している。

・地下数十キロメートルの深さにあった岩石までもが地上に露出しており、日高山脈とその周辺は世界的に見ても珍しいエリア。

日高山脈とその周辺は「岩石の宝庫」として知られ、地質学などの専門家や学生、石の愛好家が多数訪れるそうだ。

日高山脈博物館から海側へ向かう道は沙流川に合流する。沙流川の河原では日本に存在する岩石の7割ほどを見つけることができるそう。おとなりの平取町では巨大な庭石を扱うお店も。

山脈博物館周辺からは、2億年前の石も見つかっている。

「一口に2億年といっても、想像しにくいものです。人類の文化は、長くても千年単位ですから。でも、地質と人の文化や暮らしはかけ離れたものではないんです。かつて日高でも栄えた鉱山は、いわば地質の恵みです。地質が土をつくるから、農業にも関係します。自然環境すら、全て地質という土台の上に成り立っているんです」と東さん。博物館内には、鉱山や林業といったこの地方の人々の暮らし、日高特有の動植物に関する展示もあった。

2億年という単位をゼロで並べると、200,000,000年。研究者にとって、これらの石はその歴史の証言者、太古のレコーダーと言えるだろう。地球史で2億年前といえば、超大陸パンゲアが分裂し始めた時期。この星の壮大な物語に、ここ日高山脈で触れることができる。

地球内部のマントル活動とプレート移動による日高山脈形成を模した装置。堆積物がプレートの移動に伴って積み上がっていく。

二千メートルを超す日高の山々も、年に数ミリ、数センチといった速度でゆっくりとプレートがめくれ上がったもの。目の眩むような時間をイメージすると、風景として眺める山々から感じるものも変わってくる。

「そこに行かないと見られないというのが、地質学の醍醐味のひとつ」と東さんは強調する。

「3D映像モデルの展示などを持ちかけられたりもするのですが、断っているんです。触れて感じないとわからないことがありますから。重さもそのひとつです。かんらん岩は普通の石より重く、比重で言うと3を超えているので、持った感触が違います」

「それは、インターネットと逆ですね」と千葉さん。

確かに、どこにいてもさまざまなものを「見る」ことができる時代。それゆえに、そこにいるからこそ体験できるものの価値が高まっている。

かんらん岩を持たせてもらうと、確かに「このくらいだろう」と予想していた重量感を超える重さがあった。
様々な岩石資料を持ってきていただく。

「そういえば、日高山脈はヒマラヤと同じ形成の仕方ですよね」

制作のため実際にヒマラヤを訪れたこともある千葉さんも、日高山脈を訪れるのは今日が初めて。かんらん石の専門家である東学芸員と熱く語っていた。

巨大なアンモナイト。日高では化石も多数出土しており、様々な標本を見ることができる。
トンネル建設で行われる「シールド工法」のモデルとなったフナクイムシの化石

山脈博物館は科学資料だけでなく、ドライブや登山をされる方へのルートガイドも揃えており、自然科学、文化、山登り…様々な角度から日高山脈の楽しみ方を広げてくれるインフォメーションセンターとなっている。

※日高の山々は険しく、沢登りが基本となるので十分な準備が必要。登山できない方向けに、森林ドライブ&ウォーキングの案内も行っている。

同館では夏から秋にかけ、昆虫観察や森林体験などのプログラムも開催。このプログラム以外にも、自由研究のサポートや、地質のガイドを行ってくれるそう。詳細はこちら

日高山脈は2024年に日高山脈襟裳十勝国立公園として指定されています。ここから始まる日高山脈記シリーズ、ご期待ください。

「日高山脈記#2/アポイ岳ジオパーク」へ続く