ポールさんの馬体重計
2023年12月、Hi-MAG編集部に一通のメールが届いた。
浦河町に住むウイリアムソン啓子さんから、以下のような取材依頼の内容だった。
「競走馬の育成を行う夫は、馬の体重計の製作販売も行っているので話を聞いてもらえたら嬉しい」
啓子さんから夫のポールさんに取り次いでもらい日程調整を進め、1月17日に浦河町にあるポールさんの自宅兼工場を訪問することになった。
Hi-MAG編集部のある新冠町から浦河町までは50kmほどで、車で約1時間の距離にある。写真記者のRockSmithにも声をかけたところ、別件でちょうど浦河にいるとのことだったので現地で落ち合うことにした。
僕が浦河町に行くのはこれで5回目になるが、日高振興局など行政機関への用事で終わることが多い。
三角屋根の建築デザインで統一されたお洒落な街並みが特徴の浦河市街地を通り過ぎ、さらに3kmほど走ったところで左折すると、日高らしい風景である広大な牧野が広がっていた。
ポールさんの家はGoogleマップでヒットしなかったため、事前に案内図をもらっていた。
鮮やかな水色の壁と白のフレームが印象的な外観の家の横には、ルノーの二人乗り自動車トゥイージーが駐まっている。馬場へ繋がる取付道路にバックで駐車していると、キャップを被ったポールさんが笑顔で出迎えてくれた。
ポールさんの家は競走馬のトレーニングセンターに隣接する立地で、リビングの窓からは一面馬場が広がり、時折走り行く馬の姿を眺めることができる。
家の中へ案内されると、意外にもテーブルではなく座卓があり、座布団に座っての取材となった。
ポールさんはオーストラリア出身で当初は騎手を目指していたが、当時の職場の仲間だった日本人の勧めで30年前に来日したそうだ。
来日当初のことを彼はこう話した。
日本に来たばかりの頃は、日本人の競走馬の扱いに戸惑うことが多かったんだ。スパルタで調教するから馬が委縮してしまい、レースでも思うような走りができていない。
だから日本人の調教師に対し、まずは馬と心を通わせるようにと言い続けていたら、段々とみんな変わってくれたんだ。
飼料も燕麦など高カロリーな物を与えると気性が荒くなることを僕は経験から知っていたから、レース前は飼料にも気を遣ってなるべくストレスを与えないようにすることも大事だと、周りに伝えていった。
僕は日本でも最初は騎手を目指していたけれど、体重制限があまりにも厳しくて断念した。その後は調教師の道を進み、牧場経営にも携わってきた。
馬には愛情をもって関わらないと、すぐに心を見透かされてしまう。一度人間不信になった馬は人を乗せることが難しくなる。
ポールさんの馬への惜しみない愛情は、その後、手入れに使うグッズ製作にまで及んだ。
馬が気持ちよくなるよう細部に工夫を凝らしたゴムブラシは好評を呼び、日高のほとんどの牧場で購入してもらえたと言う。
それを機にたくさんの牧場に出入りするようになると、いろいろな製品の不満を耳にするようになった。
特に馬の体重計は、モニターやコネクタ部分など華奢なパーツに馬の体重がかかるとすぐに壊れ、その都度高額な保守費用がかかっていた。
それなら壊れないように作ってみようと思い立ち、カスタム体重計の製作を始めた。
モニターやセンサー、コネクタは、海外から性能の良いものを選定し取り寄せる。
アルミ製の躯体は帯広の鉄鋼業者に特注で、その都度ユーザーの要望に合わせて注文を変えている。
2019年から300台以上を販売してきたが、まだ1件も故障の連絡は入っていないそうだ。
ユーザーが使いやすく壊れにくい物を追求し、たくさんの人に使ってもらえるよう良心的な価格で販売している。
SNSで馬を計量する動画を流すと、動物園やクマ牧場など動物を扱う全国の事業者から問い合わせが入るようになったそうだ。
馬場を臨む4畳半の工場に独り。今日も動物のため、人のためにポールさんは体重計を作り続ける。
【ジャパン・エクァイン・グッズ】