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思い出は日高に⑪ 汽車に乗る時間

子どものころから汽車(JR日高線)に乗るのが好きでした。車の後部座席やバスとは違う景色が見られて特別な気分になれたからです。海のすぐ隣に線路が通っている場所もあり、背中をずり下げて座れば、まるで海の真上を走っているかのように青い青い水平線だけが目に映るのでした。

親戚が苫小牧に暮らしているので、遊びに行くときはバスよりも汽車を選んでいました。駅舎から改札を抜けてホームの方へ渡る瞬間はいつもわくわくしたことを覚えています。バスよりも非日常感があったのかもしれません。

苫小牧方面へ向かうのは明るい時間。反対に、苫小牧から静内へ帰るのはだいたい夕方以降でした。雲の形を真っ赤に縁取る夕焼け。あるいは一面の夕空に広がるうろこ雲。暮れていくその日ごとの空にただただ見惚れたのもいい思い出です。

また、大学進学のため上京してからも、帰省の際にはたまに汽車を使っていました。と言っても新千歳空港から静内まで一本では行けません。苫小牧で一度降りて乗り換える必要がありました。当時あった高速バスなら空港から静内まで乗りっぱなしで行けたのですが、便利さよりもノスタルジーを選んでいたのでしょう。

子どもの頃とは逆で、地元を出てからは夕方に苫小牧方面の汽車に乗ることが増えました。実家にいる時間をできるだけ先延ばししていたのです。夕焼け効果で余計に寂しさが濃くなることを承知の上で。

空港と静内を行き来する際、よく聴いていた音楽があります。Mr.Childrenの「Another Story」という曲です。静かなイントロに続いて、こんな歌詞から始まります。

聴き続けていると、これは恋人同士の関係を歌った曲だということが分かります。私には恋人もいなかったし、恋愛の痛みの経験もない。けれど「最終のバス」や「遠くの街」という言葉になんだか親近感を覚えて、途中からは本来の歌詞の意味を切り離してメロディだけを受け取りながらひたすら自分に引き寄せて何度もリピートしました。

冬だと、空港に着く時間帯はもう外が真っ暗になっていて、窓ガラスには自分の顔が反射するのみ。音楽を聴きながら泣いてみて、その表情をわざと映してぼーっと眺めていたこともあります。寂しさに浸りきることで寂しさが薄まると思っていたのかな。

しかしJR日高線は、2015年の自然災害による土砂流入が原因で運行停止され、そのまま2021年に廃線となってしまいました。自分の旧Twitterを辿ってみたところ、最後に乗ったのは2014年の1月だったようです。一両編成のミニマムな車体がかわいらしくて、地元らしさがあって好きでした。

ちょっとうまく言えるか分かりませんが、過去の自分を思い出すとき、一人ではなく二人になったような気がします。過去の自分と今の自分が切り離されている、ということではなく、「ずっと一緒にやってきた」感覚。自分ががんばったからというより、「あの時の」自分ががんばってくれたからここまで来れたというような気持ち。

あちらからこちらは見えないけど、こちらからは鮮明に見える。汽車に乗っていたあの時間は一人ぼっちのような気持ちだったけれど、遠く未来の私には、隣で反射する横顔がくっきりと見えるのです。

「ラベル」

寂しさ をようやく覚えたばかりで
飼い慣らす なんて言葉を知りもしなかったころ
流れてくるそれらは
ぜんぶ自分のものにした

景色と言葉を好き勝手に切り貼りして
別の行き先を描いたり
物語を塗り替えたり
気持ちを並べ直したりしながら
慣れないままに慣れる
練習をした

成長よりも先に
線路が止まってしまったころ
かき集めたものを箱に詰め込んで
一つのラベルをつけて
改札の裏にそっとしまった

真っ暗な窓の向こうから見つめる目があったこと
いつか再会できることをあちらの私は知らない
あのときの独り占めは
ようやく時効になりつつあって
振り返る私だけがそのすべてを知っている

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